「攻撃側と防御側を、同じデジタルツインの中で戦わせる」——SafeMindが示す、敵対的共進化という発想
9月1日、CrowdStrikeがFal.Con 2026の基調講演で、「SafeMind」という新しいAIシステムを発表した。NVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏が壇上に立ち、「これはサイバーセキュリティの新しい時代の始まりだ」と語ったこのシステムは、攻撃役と防御役、2つのAIモデルを、閉じたループの中で継続的に戦わせるという、興味深いアーキテクチャを採用している。AI研究者出身のジャーナリストとして、この「敵対的共進化」という設計思想を見ていきたい。
「Red Tempest」と「Blue Solano」という、対をなす2つのモデル
SafeMindの中核をなすのが、NVIDIAのオープンモデル「Nemotron」をベースに構築された、2つの専門化されたAIモデルだ。「Red Tempest」は攻撃側(レッドチーム)のモデルで、AIによる敵対者の行動を模倣し、高度な攻撃シナリオを実行するよう設計されている。「Blue Solano」は防御側(ブルーチーム)のモデルで、実際の防御担当者が使う、実戦で鍛えられた対策を展開し、企業の資産を保護する役割を担う。
この2つのモデルは、NVIDIAのシミュレーション技術を用いて構築された、顧客環境の「デジタルツイン(仮想的な複製環境)」の中で運用される。Red Tempestがこの仮想環境に対して繰り返し攻撃を仕掛け、Blue Solanoがその都度学習し、脆弱性を特定し、実行可能な攻撃経路がなくなるまで、新しい検知ルールを展開し続けるという、閉じたフィードバックループを形成している。
「侵入までの時間」が「実行時間」そのものになった、という警告
この発表を理解する上で重要なのが、CrowdStrike CEOのジョージ・カーツ氏が示した、業界の変化に関する認識だ。同社はこれまで毎年、「攻撃者が最初の侵入から、ネットワーク内を横方向に移動するまでの時間(breakout time)」が、どれだけ短縮されたかを報告してきた。カーツ氏によれば、この時間は2分から72秒、そして27秒へと、年々短縮され続けてきたという。
今回の発表でカーツ氏が伝えたメッセージは、この「breakout time」という概念そのものが、もはや意味をなさなくなりつつあるというものだ。AIエージェントを使った攻撃においては、この時間はもはや「実行時間(runtime)」そのものであり、人間が対応を判断する時間的猶予が、実質的に消滅しつつあるという認識を示している。
「99%低コストで、フロンティアモデルを上回る精度」という主張
技術的な性能面で、CrowdStrikeとNVIDIAが公表した数字も注目に値する。Nemotron 3 Superをベースにファインチューニングされた Blue Solanoモデルは、社内評価において、主要なフロンティアモデル(汎用の大規模言語モデル)よりも高い精度を示しながら、コストは99%低かったという。
これは、専門化された小規模モデルが、特定のタスク(この場合はサイバーセキュリティ上の脅威検知・対応)において、汎用の大規模モデルを、コスト効率の面で大きく上回りうることを示す、具体的な事例だ。以前取り上げたNVIDIA Nemotron 3.5 LightningやSamsungのPIM技術とも通じる、「汎用性より専門性、大規模より効率性」という、業界全体で進む技術トレンドの延長線上にある成果と言える。
「オープンウェイト」という、NVIDIAが掲げる戦略
この発表でフアン氏が強調したのが、Nemotronモデルを、オープンウェイト(学習済みの重みを公開し、誰でも利用・カスタマイズできる)として提供している点だ。「サイバーセキュリティの強みは、透明性と集団的な行動にある」と述べ、防御側がより広くこの種のモデルを採用・カスタマイズできるようにすることが、業界全体の防御力向上につながるという考え方を示している。
以前取り上げたように、フアン氏はここ数ヶ月、オープンソースAIモデルの重要性を、繰り返し公に発言してきた。今回のCrowdStrikeとの協業も、この一貫した戦略の延長線上にある取り組みと理解できる。
「敵対的共進化ループ」という手法の、研究上の意味
SafeMindが採用している「攻撃モデルと防御モデルを、閉じた環境の中で継続的に対戦させる」という設計は、機械学習の研究分野で「敵対的生成ネットワーク(GAN)」などにも見られる、敵対的学習の考え方を、サイバーセキュリティという実務領域に応用したものだと理解できる。
攻撃側のモデルは、偵察(Recon)、侵入(Assault)、侵害(Compromise)という複数のサブエージェントを通じて、悪用可能な経路を探索し、防御側のモデルは、Falconセンサーによる監視、検知候補の検証、ネットワークの自動的な強化という工程を担う。この種の、相互に高め合う形での自動化された学習プロセスが、実際の防御能力の向上に、どこまで持続的に寄与できるのかは、今後の運用実績を通じて検証されるべき、興味深い研究テーマだ。
研究者として見ておきたいこと
SafeMindの発表が示しているのは、AIによる攻撃の高速化に対して、防御側もまた、同じAI技術を、同じ速度で活用せざるを得なくなっているという、業界全体の構造変化だ。以前取り上げたOpenAIの「GPT-5.6-Cyber」や、今回のCrowdStrike・NVIDIAの取り組みは、いずれも「攻撃と防御の速度差」を埋めようとする試みという点で、共通した問題意識に基づいている。
こうした自動化された攻防のループが、実際の企業ネットワークにおいて、どこまで信頼性高く機能するのか、そして意図しない誤検知や副作用をどこまで抑えられるのかは、今後、より広範な実運用データが蓄積される中で、明らかになっていくだろう。攻撃側と防御側の双方が、AIによる自動化を前提とした新しい均衡点を模索する、今後のサイバーセキュリティの展開を、注視していきたい。